「1年がどんどん短くなる」(2021年度コース長・河上肇)

大学に入って大学院博士前期課程 (修士課程) を出るまでに6年かかります。大学院を卒業 (正確には修了) する学生さんに、「大学に入ってからの6年間は小学校の6年間と同じ長さなんだけど、どう ?」と聞いたら、「大学に入ってからの6年間の方が、ずっと短く感じる」と言うことでした。あなたが大学に入学したばかりとか、高校生であるとかだと、ピンと来ないかも知れませんが、年を重ねるに連れて1年1年を短く感じるようになります。かつて筆者が30歳になったとき、筆者の母は「気が付けばスグに50歳だよ」と言いました。その時は、ちょっとちょっと・・・・って思いましたが、正解でしたねえ。これは筆者だけで無く、ほとんどの人が感じることのようです。

それでは、なぜ人は年を重ねるに連れて1年1年を短く感じるようになるのでしょうか。これには諸説あるようですが、筆者は、「幼い時ほどアタマが高速回転しているから」では無いかと思っています。以前、一流打者はボールがゆっくり(あるいは止まって) 見える、という事を聞いたことがありますが、短時間で大量の情報を処理している脳には、時間がゆっくり流れているように感じられるのでは無いでしょうか。それは、正しいとしてみましょう。次に問題になるのは「幼い時ほどアタマが高速回転している」と言うのはホントか?と言うことです。そうだと言うことが、どこかに書いてあったと思うのですが、記憶がアイマイで・・・・でも多分そうなんじゃないかと思います。理由は以下の通りです。

最近、AI(Artificial Intelligence、人工知能) という言葉を見聞きする機会が増えたように思います。大半のAIは、ひと言で言えば、コンピュータ内で動作する「関数」です (だから AI の研究は数学です)。高校までに習う関数 y=f(x) の x と y は数ですが、AI の場合はたいていベクトルです。例えば画像分類をするAIだと入力 x は画像ですが、100万ピクセルのモノクロ画像なら、それは100万次元のベクトルです (各成分 = 各ピクセルは、例えば 256 通りの整数値を取り得る)。AIを作る、と言うことは、関数 f を作ると言うことであり、AIを使う、と言うことは f に x を食わせて y を得る、と言うことです。そして例えば1次関数 y=ax+b を作ると言うことは、係数 a と b を決める、と言うことです。AIと呼ばれているモノは、たいていもっと多くの係数を持つヤヤコシイ関数であり、その沢山の係数を大量のデータを使って (コンピュータを用いて) 定めます (機械学習)。

やってみると実感するのですが、AIを作るには大量の計算が必要でとても時間が掛かり、一方、AI を使うのは一瞬です。代表的なAIのひとつに ANN (Artificial Neural Network、人工ニューラルネットワーク) があります。動物の神経回路網を単純化した形の関数です。人の脳をモデル化した関数だと言う人もいますが、いささか人の脳に失礼ですね。それでも似ているところはあって、ANN の係数に当たる量は脳神経回路網にもあり、「学習」によってその値は定められ、また更新されます。それは幼い時ほど活発で、年を取るに従って「作る」より「使う」の比重が大きくなって行きます。筆者は、それに伴い処理すべき情報量が減って脳の回転速度が落ちていき、その結果、時間を短く感じるようになって行くのではないかと思っています。例えば、高橋宏和「メカ屋のための脳科学入門」p.22 によれば、大人の脳が処理する視覚情報のうち、実際に目に入った外界情報は4%に過ぎず、残りの96%はそれまでに学習した(あるいは生得的に持っている)脳内情報だそうです (すごい手抜きだ)。とりとめの無いことを書いて来ましたが、あなたも数理科学コースで、脳、じゃ無くて「関数」を作ってみませんか。AI にintelligenceを感じるかどうかはともかく、「作る」時にはあなたの intelligence が物を言います。

(「インテグラル」Vol.8 2021年4月1日発行)

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