量子科学の教育・研究活動の紹介

1.量子科学の紹介

量子力学によって記述されるミクロな世界では、我々の直観に反するような不思議な現象がたくさん生じています。
特に、

  • 複数の状態が同時に存在している(状態の重ね合わせ)
  • 観測することで状態が変化する(状態の崩壊)
  • ある点での観測が別の点の状態を瞬時に決定する(量子もつれ・非局所性)

という3つの基本的な性質が重要です(図1参照)。
近年、このような量子的性質の情報科学への応用が盛んに進められています。

例えば、これらの性質に基づいて開発が進んでいる技術として以下が上げられます。

  • 量子コンピューター:複数の状態が同時に時間発展することを用いて、複数の演算を同時に進める。
  • 量子暗号:観測によって状態が変化することを用いて、盗聴者の存在を感知する。
  • 量子テレポーテーション:量子もつれの状態を使うことで、離れた点の間に瞬時にネットワークを形成する。

これから数年内にはこれらの技術が大きく発展し、日常生活をにも影響を与える可能性があります。

図1

2. 本コースでの量子科学の研究

数理科学コースでは,学部2年生向けに量子情報科学(2019年度までは科目名:物理数学)の講義が開講されており,「量子コンピューティング」「量子暗号」など量子技術の理解に欠かせない量子論の基礎について学ぶことができます.

2019年度開講の講義においては,線形代数の復習に始まり,ヒルベルト空間,エルミート演算子と状態ベクトル,状態の重ね合わせ,演算子の交換関係と不確定性関係,観測による状態の崩壊,ユニタリー時間発展,量子もつれ状態などの概念を学びました.具体的な例としてスピン1/2という最もシンプルな量子系を紹介し,学部2年生でも十分理解できる範囲で講義が行われています.

3. 本コースでの量子科学の研究

本コースにおいては、量子科学に関連する理論研究として以下を進めています。

(1)量子論の新たな解析法の研究

 
原子核崩壊や半導体素子内部では、量子効果の帰結としてトンネル効果(*)が起こります。このような現象は一般に「量子非摂動効果」呼ばれますが、粒子が多数だとこの効果の計算は困難になります。一方、トンネル効果が起こらない現象の解析は「摂動計算」という手法が有用で、その結果は無限級数として表されます。近年、本コース教員を含むいくつかのグループの研究により、この無限級数の和を適切に定義することによって、摂動計算から非摂動効果を抽出できることがわかってきました。(慶應大、ノースカロライナ大との共同研究)

*トンネル効果:古典力学で考えると乗り越え不可能な障壁を通り抜ける効果

参考文献
三角樹弘
「摂動級数の発散と非摂動効果:リサージェンス理論の量子論への応用」
数理科学,サイエンス社,2016年9月号
Toshiaki Fujimori, Syo Kamata, Tatsuhiro Misumi, Muneto Nitta, Norisuke Sakai,
“Exact resurgent trans-series and multi-bion contributions to all orders”
Physical Review D 95, 105001 (2017)
Tatsuhiro Misumi, Muneto Nitta, Norisuke Sakai,
“Resurgence in sine-Gordon quantum mechanics: Exact agreement between multi instantons and uniform WKB”
Journal of High Energy Physics, 09(2015) 157

(2)量子効果が重要な役割を果たす物性模型の研究

 
超伝導体と呼ばれる物質は、強い量子効果によって低温での電気抵抗消失という特異な性質をも持つため、多岐にわたり応用が進んでいます。特に、比較的高い温度で超伝導の性質を持つ「高温超伝導体」は応用上の重要性が高いにもかかわらず、そのメカニズムは深く理解されていません。本コース教員は、「平坦バンド模型」と呼ばれる理論の一般的構成法を提案し、この模型の状況が実際の物質で実現されていれば、量子効果の増大により高温超伝導が生じる可能性を指摘しました。
(東京大、産総研との共同研究)

参考文献
Tatsuhiro Misumi, Hideo Aoki,
“New class of flat-band models on tetragonal and hexagonal lattices: gapped vs crossing flat bands”
Physical Review B 96, 155137 (2017)